大判例

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東京高等裁判所 平成元年(う)810号 判決

本店所在地

群馬県邑楽郡大泉町大字上小泉二五八八番地

株式会社中村電線工業

右代表者代表役締役 中村元

本籍並びに住居

群馬県邑楽郡大泉町大字上小泉二六〇三番地

会社役員

中村元

昭和一六年一月二七日生

右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、平成元年六月二三日前橋地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官平本喜祿出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人高橋伸二名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官平本喜祿名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、原判示第一の事実につき、被告人中村元は、被告人株式会社中村電線工業の営業及び技術面を担当し、金銭の管理、経理、納税等はすべて母中村きみに一任していたので、同人が昭和六〇年八月に入院するまでは、被告会社の実際所得金額は勿論、これに対する正規の法人税額がいくらであるかなどは殆ど知らなかったのであり、納税についても同五六年ころから母が山崎税理士と相談しながら多少節税工作をしている程度の認識をしていたに過ぎず、逋脱の犯意を有していなかったことが明らかであるのに、逋脱の犯意をもって原判示第一の犯行に及んだ旨認定した原判決は事実を誤認したものであって、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。

そこで、原審記録を調査して検討するに、原判示第一記載のとおり、被告人株式会社中村電線工業(以下「被告会社」という。)の取締役の地位にあって、その実質的経営者として業務全般を統括していた被告人中村元(以下「被告人」という。)が、逋脱の犯意をもって、架空仕入れや架空外注費を計上するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和五九年八月期における被告会社の法人税四〇六六万八一〇〇円を免れた旨認定した原判決の結論は、これを是認することが出来る。

所論に鑑み、若干補足して説明するに、原判示第一事実のような虚偽過少申告逋脱犯の場合においては、所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽の法人税確定申告書を所轄税務署長に提出する行為自体が、法人税法一五九条一項の「偽りその他不正の行為」に該当するものと解すべきであるから、(最高裁判所昭和四八年三月二〇日第三小法廷判決・刑集二七巻二号一三八頁参照)、逋脱の犯意も、提出にかかる法人税確定申告書が所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽のものであることについての認識・認容があれば足りるものというべきである。

この場合において、事前に所得秘匿工作が行われていたとしても、当該所得秘匿工作そのものは逋脱犯の実行行為に当たらない準備行為に過ぎない(したがって、所得秘匿工作と過少申告との間に食い違いがあるときは、所得秘匿工作を行った金額についてではなく、確定申告書に過少に記載した金額について、逋脱犯が成立する。)から、これについての認識は、直接、逋脱の犯意の内容をなすものではない。ただ、通常の場合は、実際所得金額についての認識がなくとも、所得秘匿工作の存在を認識していれば、法人税確定申告書に記載した所得金額が虚偽過少であることについての認識・認容も当然これに伴うという意味において、犯意の認定に役立つに過ぎないのである。反対に、個々の所得秘匿工作についての認識がなかったとしても、たとえば当該事業年度のおおよそその実際所得金額の認識があることなどから、申告金額が実際所得金額をことさら過少に記載した内容虚偽のものであることについての認識・認容が存する限り、逋脱の成立に欠けるところはないこととなる。

これを本件についてみるに、原判決の挙示する関係証拠によると、次の事実が認められ、これに反する被告人の原審公判廷における供述は、不自然かつ不合理であるばかりか、他の関係証拠に照らし、到底措信出来ない。すなわち、

一  被告会社は、昭和四九年一一月一一日、電機機器部品の加工請負並びに販売を目的として設立した法人であり、その代表取締役には被告人の父中村五郎が就任し、被告人もその取締役に就任して、それぞれその旨の登記がなされた。しかし、被告人の父は同年四月警察官を定年退職した者であって、被告会社の経営には全く関与しておらず、名目上の代表者に過ぎなかったので、被告人が実質的な経営者として業務全般を統括し、また、被告人の母きみは、主として経理事務を担当していたが、同六〇年九月一七日に死亡した。

二  被告人は、母の存命中、同人から被告会社の経理や決算の内容について報告を受けていたほか、経費を水増計上していることも聞いており、また、自らも営業に従事し取引の実態を把握していたので、その規模からして、会計帳簿等を一々検討しなくとも、被告会社の昭和五九年八月期における実際所得金額がおおよそ一億円位あるものと認識していたところ、その確定申告をするに当たり、以前から税務申告を依頼していた山崎税理士の試算によると、これが六三〇万円余となる旨知らされ、その所得金額が虚偽過少であることは容易に理解出来たけれども、その金額をもって確定申告した上、被告会社の同期における法人税を免れようと考えた。そこで、被告人は、確定申告書の所定欄にその旨の金額が記載されていることを十分承知しておりながら、その確定申告書の代表者自署押印欄及び経理責任者自署押印欄にそれぞれ「中村五郎」と記載して押印し、その申告書を昭和五九年一〇月三一日館林税務署長に提出して、その納期限を徒過させた。

以上の事実によれば、被告人は、商業登記上、被告会社の取締役に就任しているに過ぎないけれども、その実質的な経営者であって、被告会社の昭和五九年八月期における法人税の確定申告をするに当たり、その確定申告書に記載されている所得金額が実際の所得金額に比して著しく少なく、その記載内容が虚偽であることを十分承知していたにもかかわらず、被告会社の法人税を免れようと考え、右確定申告書を所轄税務署長に提出して、その納期限を徒過させたことが認められるから、たとえ、被告人が架空仕入れや架空外注費の計上等に関する個々の所得秘匿行為について、具体的な認識がなかったとしても、原判示第一の事実につき、逋脱の犯意を有していたものと認めるのが相当である。

所論は、被告人は、昭和六一年一二月、山崎税理士との絶縁を決意し、同税理士主導の下に行われた総ての脱税事実を税務当局及び捜査当局に申告すべく、真下税理士を通じてその詳細を調査した上、修正申告の準備をしていた矢先、同六二年二月国税当局の調査を受けるに至ったが、右調査に対しても、亡母の代から自宅に保管して来た現金、預金通帳の類を一切包み隠すことなく自主申告をしているのであって、これらの事実は、被告会社の昭和五九年八月期の法人税逋脱につき、被告人の犯意を認定するに当たって、前提あるいは基礎とされなければならない旨主張する。しかし、所論のような事実があったからといって、犯行当時から被告人に逋脱の犯意がなかったといえないことはもとより、後日所論のような事実があったことによって犯行当時既に存した逋脱の犯意に消長を来すべきいわれもない。

なお、原判決理由中、「補足説明」の項の説示には、一部に相当でない事項が含まれているが、前示のとおり、原審の関係証拠によって原判示第一の事実に関する被告人の犯意を肯認し得る以上原判決に所論の誤認はなく、右説示を批判する縷々の所論の結局採るを得ない。

以上のとおり、事実誤認の論旨は理由なきに帰する。

控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告会社を罰金四〇〇〇万円に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるというのである。

そこで、原審記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、被告会社の実質的経営者として、その業務全般を統括していた被告人が、被告会社の業務に関し、その法人税を免れようと企て、単独あるいは山崎税理士と共謀の上、昭和五九年八月期から同六一年八月期までの三事業年度にわたる実際所得金額の合計が三億三七三七万〇九六四円もあったのに、そのうちの二事業年度の総所得金額の合計が一五二三万二八五九円であり、他の一事業年度については欠損金額八五七万〇八八四円である旨をそれぞれ記載した内容虚偽の各確定申告書を所轄税務署長に提出して、そのまま各納期限を徒過させ、もって、不正の行為により合計一億三七九七万五四〇〇円の法人税を免れたという事案であって、その犯行が長期に及んでいるころはもとより、逋脱額が多い上、三事業年度を通じた逋脱率も九七パーセントと高率であること、被告人らが本件犯行に至った動機は、多額の利益を計上すると親会社からコストの切り下げを迫られる可能性があるばかりか、正規の法人税を納付すると資金繰りに窮する上、不況に備えて資金を蓄積しておく必要があったためであるというが、それらの事情はいずれも私益を図ったものに過ぎず、格別有利に酌むべき事情とは認められないこと、しかも、予め税務調査に備え架空の領収証等を多数作成させた上、これを用いて経費を水増計上するなど、犯行態様が巧妙悪質であるほか、証拠隠滅工作も行っていることに鑑み、犯情が芳しくないこと、以上の諸点に徴すると、被告会社の刑責は甚だ重いといわざるを得ない。

してみると、被告会社は、本件につき修正申告をして、本税のみならず付帯税も全部納付したこと、原判示第二の一、二の犯行は関与税理士の執拗な脱税指導に起因する面も否定出来ないので、被告会社のみを厳しく責めるのは相当でないこと、被告会社では右税理士と絶縁すべく同人との顧問契約を解除し、新たに信頼出来る税理士と顧問契約を結び、その指導の下に経理事務を整備し、再発防止に努めていること、本件の発覚により被告会社の業績が著しく低下したことなど、被告会社のため酌むべき事情を十分斟酌しても、被告会社を罰金四〇〇〇万円(逋脱額の二八・九九パーセント相当)に処した原判決の量刑はやむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。

論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 堀内信明 裁判官 新田誠志)

平成元年(う)第八一〇号

法人税法違反被告事件

控訴趣意書

被告人 株式会社中村電線工業

同 中村元

右被告人らに対する頭書被告事件の控訴の趣旨は、次のとおりである。

平成元年八月三一日

右弁護人 高橋伸二

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一点、原判決には、明らかに判決に影響を及ぼす事実の誤認がある。

原判決は、罪となるべき事実第一の事実(以下、判示第一の事実という)につき被告人中村元を有罪としたが、次に述べるとおり、これは事実誤認である。

一、判示第一の事実について

昭和五八年八月三一日~同五九年九月一日期脱税に関する被告人中村元の認識や関与の有無、程度の認定については、次の事実を前提、基礎としなければならない。すなわち

(一) 被告人中村元は、昭和六一年一二月、山崎税理士との絶縁を決意するにあたり、山崎税理士主導で行われたすべての脱税事実を税務当局にも捜査当局にも申告する決意を固めていた。それ故に、代理人の弁護士高橋伸二は、昭和六一年一二月当初から被告人会社の脱税事件と修正申告を前提として館林警察署等に事件を申告し、山崎税理士の代理人弁護士にもこのことを申し出ているのである。

(二) 昭和六〇年九月死亡した母きみが生前住宅に保管してきたすべての現金

(昭和六〇年十二月山崎から返還された七一〇〇万円も含め)、預金通帳の類は、他へ移動、隠匿等全くせずに自宅内にそのまま保管し、真下税理士を通じて実際いつ、いくら脱税したのかを調査して修正申告する予定でいたところに、昭和六二年二月、国税当局の調査が行われたのである。

(三) 国税当局の調査に対しても、被告人中村元は、自宅に保管した右現金、預金類すべてを自ら保管場所と共に自主申告しているのであつて、国税当局が自宅内の隠し場所を捜索して発覚したというものではない。

(四) 本件刑事裁判においても、被告人中村元は、事実は正直に供述し、認めるところは全部認めているのであつて、このことは被告人らの公訴事実認否書、弁論要旨に明らかである。すなわち、右認否書二-(二)-2、弁論要旨第一-一、二のとおり、「被告人中村元は、母と山崎税理士が架空の外注先、仕入先を仕立てる等の方法である程度の脱税を行つていたことは、母や山崎税理士の話、納付税額等から薄々気付いていたものの、右架空伝票作成等の脱税工作をどこで、どのようにしたかも脱税金額も知らなかった」のが真実である。原判決補足説明では、同被告人が「昭和五八年八月期の法人税のほ脱について全く知らなかつたとするのは甚だ信用性に欠ける」として弁護人の主張を失当としているが、これが正確な判断でないことは明白である。

(五) 被告人中村元は、金銭に無頓着で会計帳簿の作成もできず、これを母や妻に一任し、自分は営業及び技術一筋に生きてきた者である。

二、被告人株式会社中村電線工業(以下、被告人会社という)の経理

(一) 被告人会社の金銭管理及び経理、納税については、被告人中村元の実母中村きみが生前の昭和六〇年八月頃までは全面的に担当し、被告人中村元は営業面に専念したことは、原判決補足説明(第六丁表)においても認定しているところである。

(二) 被告人中村元は被告人会社を母きみと設立後は、ひたすら営業及び技術面に専念し、会社も家庭も金銭の管理、経理、納税等はすべて母に一任して、自己は必要な金銭を母から貰うだけの生活を続け、自己や妻の会社から受け取る給与、報酬についてもその入金管理等すべて母に一任してきたため、昭和六〇年八月母きみの入院までは、会社の毎年の実際所得金額及びこれに対する正規の法人税額がいくらであるかについてほとんど知らなかつたのであり、納税についても、昭和五六年頃から母が山崎税理士に相談してながら多少の節税を工作している程度の認識しか持たなかつたことは、被告人中村元の当公判延における供述及びその供述調書で明らかである。

三、原判決認定理由について

原判決には、被告人中村元が母きみの生前経理担当中である昭和五八年九月一日から昭和五九年八月三一日までの被告人会社の事業年度における会社の実際所得が一億八三万七七五四円であつて正規の法人税額は四二四二万二五〇〇円であるのに一七五万四四〇〇円と過少申告して差額四〇六六万八一〇〇円を脱税したことを知つているものと認定した。補足説明において右認定の理由を述べているが、以下に述べるとおり、これらはいずれも疑わしいと思われる事情を単に列挙しているに過ぎず、右認定は強引過ぎると言わざるを得ない。

1、今井信昭の供述等について

今井信昭は、母きみの弟できみが被告人会社の下請けをさせていた者であり、被告人中村元は、母きみが入院した昭和六〇年八月までは、今井信昭が母きみにどんな書類をどの程度作成して届けていたのかその内容は全く知らなかつたのである。また、母の死後である昭和六〇年一〇月末、被告人中村元が確定申告にあたり直接山崎税理士と交渉した直後、山崎税理士の支配介入に反発して自ら今井信昭に一年間四〇〇〇万円の架空領収書の作成を指示したことは事実であるが、このことは既に捜査開始前に被告人中村が国税当局に申し出ていることであり、更に言えば、昭和六一年一二月、弁護士高橋伸二に事件を依頼した時点で、脱税を自主申告する決意を固めて山崎税理士との決別対決を開始しているのである。

2、渋谷豊の供述について

昭和五六年株式会社サーモテック設立時に一度だけ母きみが渋谷に架空領収書類を作成させたというものであり、昭和六〇年二月頃(六月)、株式会社サーモテックに税務調査が行われたときは、山崎税理士の直接指揮に基づいて指示された文書類を山崎税理士方に預けただけであり、被告人会社の経理とは全く関連のないことである。

3、被告人会社の社員井坂弘子、同天谷照夫の供述について

右両名が供述していることは、被告人会社のパート勤務者(主婦)にパート勤務の時間給の支払方法として、本人名義と本人の旧姓名義の二本建で支払つたというものであり、これは被告人会社や被告人中村元にとつて「何ら利益を図るもの」でなく、専らパート勤務者の便宜を図つた行為である。この動機は、昭和五三年当時、主婦のパート料の免税点が年間六〇万円であり、これでは一日四時間勤務しかできない金額で、右限度額を超えて働き支給を受けた場合、夫の社会保険から外されて自ら健康保険に加入負担することになり、また夫の家族手当も失われるということから山崎会計の長島事務員に相談したところ、どこでもこのようにしていると聞いて行うようになつた便法である。なお、昭和六〇年当時のパート収入の免税額は年間九〇万円である。

よつて、これらは被告人会社の脱税事件とは全く関係のないことである。なお、税務調査により被告人会社が右パート給について源泉税を支払つたが、本来パート勤務者が支払負担すべきものであることは言うまでもない。

4、松坂屋の社員渡部賢の供述について

被告人の母きみが松坂屋から金や白金のインゴットを購入してきたことは、その金額、数量についてまでは判らないものの、被告人中村元も知つていたが、きみは長年にわたり父母はじめ被告人中村元夫婦の給与、役員報酬をも一手に管理していたため、被告人中村元夫婦はこれら正当な資金の管理運用として母が時折購入しているものと思つてきたものであり、右金、白金の取引につき、松坂屋自身の帳簿や伝票類の記載がどのようになされたかは関知できるものでなく、これまで一度でも被告人中村元や母がこれに口出ししたことはない。

他方、松坂屋の架空のギフト券等の領収伝票を母が依頼して作成させたことは被告人中村元も知つているが、これは、年間約一五〇万円にのぼる被告人会社の中元、歳暮類をきみの身内の前島酒店から発送してきたが、山崎税理士から親類の店の領収書は税務署が認めないと交際費の計上を拒否されたため、現実に支払つた右交際費と同額の松坂屋の架空領収伝票作成を依頼して作らせたものである。このことは、国税調査の結果においても、前島酒店に支払つた年間一五〇万円の交際費を承認し、松坂屋の架空領収書分は除外することで承認を受けているところである。

5、昭和六二年六月九日被告人中村元方の捜査の際に発見された多額の現金、預金、インゴット類については、被告人中村元が母きみの死後見つかつたもの全部を自宅に保管し、国税担当者に被告人中村元が自ら差し出したものであつて、国税当局が隠し場所から探し出したものではない。

従つて、右多額の現金類は、国税当局に差押えられることもなく、その承認のもとに被告人中村元が銀行に預金して保管し、税額確定後その支払に充当しているのである。また、右現金の中に昭和五六年、同五九年の帯封のある数百万円の札束があつたとしても、母きみが保管したものを昭和五九年一〇月母の死後被告人がそのまま保管しただけのことであつて被告人自身の脱税隠匿行為によるものではない。

6、確定申告書の署名押印について

被告人中村元は、昭和五九年一〇月までの申告書については、単に母きみが山崎税理士に頼んで作成した申告書を提出するにあたり、毎年一〇月末頃、山崎税理士が被告人中村元方(父母同居)に作成した申告書を持参したとき呼ばれて代表者欄に署名押印を指示され、被告人が父中村五郎の署名押印をしてきたものであつて、会社の実際所得額や脱税額については話にも出ないし、被告人中村元は知らされていなかつたのであるから、右署名押印行為も被告人中村元の判示第一の事実の証拠とはならない。

(三) 次に、判決の補足説明では被告人中村元の供述調書を挙げるが、被告人中村元の判示第一の事実に関する供述調書の趣旨は

1、母きみの生存中は、会社の金銭経理は母に任せきつていたのでよく判らない。

2、但し、母きみが山崎税理士と相談若しくはその指導のもとに架空の領収伝票などを作つてある程度の脱税を行つていたことは薄々気付いていたものの、母の生前、被告人中村元は架空伝票の作成や脱税には関与していなかつたこと、そして、各期の会社の諸経費を除いた実質所得金額やこれに対する法人税額などは全く知らなかつた。

というものであつて、判示第一の事実として自供したものではない。

第二点、原判決中、被告人会社に対する罰金刑は、量刑不当である。

一、本件脱税の原因、動機が山崎税理士の金銭及び企業支配の欲望に基づく類例を見ないほどの悪質かつ執拗な脱税の工作指導であり、被告人会社は、その犠牲となり多大な損害を受けていることは、被告人会社の公判延の供述及び弁護人提出の各書証で明らかであり、原判決量刑の事業においても認められているところである(原判決第一一~一二丁)。

二、本件脱税事件は、被告人らの自首に等しい自主的申告により表面化したものであり、共犯とされる山崎税理士の刑事事件の捜査についても、被告人らは自己の刑責を覚悟のうえ協力したきた。

三、被告人中村元はじめ父母、妻ら被告人会社の役員らは、勤勉にして質素、真面目な生活態度を守り、被告人中村元においては、会社設立以来仕事一筋の人生を送り、会社も個人も一体として会社の経費や設備投資も極力節約し、金銭関係はすべて母に任せきつてきた結果、母が多額の蓄えをするに至つたものである。世上、会社の経費を活用して経営者とその家族らが贅沢三昧をし、税金の支払を回避するために合法的な設備投資を繰り返す経営者は多く見られるところである。本件脱税事件は、節約と脱税によつて蓄えられた二億三〇〇〇万円を充てても更に一億五〇〇〇万円の借金をしなければ完納できない事実からも明らかなとおり国税当局の税額査定は厳しいものであり、結果において、正直者が馬鹿を見るの一例と見ることもできる。

四、被告人会社は、通常借入の外本件納税資金一億五〇〇〇万円の借金と金利負担を抱え、折からの売上減少もあり、昭和六三年八月期及び今年八月期の各決算書は、いずれも利益計上はなく、事実上本件罰金額を当面支払えない現況にある。

よつて、原判決罰金刑を破棄のうえ相当程度減額されることを強く望むものである。

以上

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